【Tさん】私の親プロ(親プログラム)体験記②
<親プロスタート>
長い間待った末、とうとう、親プロが始まりました。
親プロでは、宿題として、
印象深かった親子のやりとりの会話や、
その前後の流れをかいて提出しました。
<会話を書き出すことで、気づいた事>
私は、やりとりを書きだすだけで、いろんな気づきがありました。
例えば、
「ああ、癇癪起こしてたけど、これ、妹と同じにして欲しかっただけかもな、、」
「あ、、、この私の一言、余計だったかも?私が油注いでるな。」
「あ、次は、こうしてみようかな。」
など、子どもと自分の間で起こっている流れを、
一歩引いて見れるようになっていきました。
また、長男の癇癪への見方も少し変わりました。
それまでは、癇癪を起こされると
「癇癪して、私をコントロールしようとしてるんだ!」
「上から目線で、偉そうだ!」
と思って、怒りが湧いていました。
”私が被害者”という気分でした。
でも親プロの宿題だ!と思って
癇癪してるときの長男の表情をよく見ていたら、
癇癪起こしてるときの長男の顔が、すごくしんどそうなことに気がつきました。
まるで、海で溺れてるような表情だなと気づきました。
それに初めて気がつき、
”もしかして一番苦しいのは、私じゃなくて、この子なんじゃないかな?”
と、初めて思いました。
そういう視線で見るようになると、癇癪の長男を
”偉そうに!”ではなく、
”かわいそう、しんどそう、、、”と見るようになり、
それまでは、癇癪を今すぐやめさせようと、
むしろ上から力で押さえつけたり、攻撃してたんですが、
私から攻撃することが少しずつ減りました。
あと、日々のやりとりを書いているうちに、
「あれ?この流れ、前にもあったぞ?」と
我が家の地雷というか、バトルになるパターン
のようなものが見えてきました。
<させるをやめる>
親プロでは、怒りの整理をして、イラッとすることを全部書き出しました。
そして「こういう地雷は減らしたほうがいい。
”させるをやめる”」
と言われました。
それをきいて私は、
この子はいわないと堕落するんじゃないか?
ダムが決壊したみたいに、もっとしない子になるんじゃないか?
ダメダメな人間になるんじゃないか?
と思って怖かったです。
当時私は、
・長男の靴下を拾ったら、拾わない子になる。
・学校の準備手伝ったら、今後自分でせずに、親にさせる子になる。
・服を着せてあげたら、自分できれない子になる。
・車で送ると、すぐに車で送ってという子になる。
と思っていました。
”自立した子にさせないと。
ちゃんとした子にさせないと。”
と思っていました。
でも、親プロでは
「今、関係が悪くて、不安感も強くて、ストレス耐性が弱ってる。
今、それをするときですか?」
と言われました。
確かに想像してみたら、
仲悪い旦那さんに、あれしろこれしろといわれたら、
関係が余計に悪くなることあっても、良くはならないなと思いました。
先生が
「今は、親子でお互いどっちが上か?
どっちがさせるか?させられるか?
と、力くらべになってる。
まずは小言や攻撃、させるをやめて、
好かれてると感じて、
葛藤なくママと大好き同士になったら。
お互いが安心してすごせる関係になったら。
そしたら、子どもは、よりよくなりたい生き物だから。
お母さんを喜ばせたいっていう気持ちもあるしね。
大丈夫よ。
どんなことも会話で普通に解決できるようになるし。
まずは、二人の間にある怒りや、葛藤を、
まずなくしましょう。」
と言われました。
先生にそのように言われても、私はプライドが邪魔をして、
それは子どもに屈している…屈辱だ!と感じてしまい
子どもに負けたような気持ちがしていました。
でも、先生が
「させるをしない、といっても、
それは、奴隷みたいに子どものいいなりになるという意味ではない。
もちろん親には、いろんな決定権があるし、
イエスもノーも、親は持っています。
ノーもいえる。
でも、もっと大きな目で、長いスパンでみる。
今、一つの”させる・させない”でバトルになったり、
躍起になるよりも、
まずは、よりよい関係をこの間につくりましょう。
本当は、お母さんが想像できないくらい、いい子ですよ。」
とおっしゃいました。
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<我が家の地雷>
宿題で日々の出来事を書いていくうちに、
私の家の”バトルになるきっかけ””地雷”が見えてきました。
それは、私としては、子どものための”しつけ”のつもりでしたが、
「このラインを出たら、バシン!するよ!」といえる、
”攻撃するきっかけ”になっていました。
それぞれ、家庭によってあると思うんですが、
うちには細々とたくさんありました。
思い出せるものは、大きくいうと4つあります。
地雷①食べ物の「好き嫌い」
私の実家は、
親がつくったら絶対に食べるがルールで、好き嫌いは許されませんでした。
なので、子どもたちにもそうしていました。
大嫌いな食べ物は、子どもが大好きなメニューに混ぜ込んで出すようにしていました。
でも、長男が荒れていたある日、そうやって食べさせようと出したら、
「嫌いなものが入ってる!こんなの食べれるかー!ぼくはお茶漬けたべる!」と反抗してきたので、私は、
「これが嫌なら何もない!他のものも食べさせん!!
わがままだ!社会には恵まれない子もいる!」と許しませんでした。
そしたら、お皿ごと投げてきました。
私は怒りながらそれを宿題にかいて、「皿ごと投げたんですよー!ひどいでしょ!」と牛田先生にいうと、
先生が、
「その食べ物が嫌いって分かっているなら、最初から嫌いなものを入れなかったらよかったじゃない?
又は、長男くんのお皿には入れずに、よけてあげたらよかったじゃない?」
とおっしゃいました。
私はびっくりして、「え?いいんですか?
ワガママな子になりませんか?
この家は僕の好きなものしか出ないんだ!って、
調子にのりませんか?ますますワガママな子になります!」
っと言うと、
先生が
「今までたくさんの子どもたちを見てきたけど、誰一人、
調子にのる子なんて、いないわよ。
ああ、嬉しいな。って思うだけよ^^。」
とおっしゃったので、私は勇気をだして、
嫌いな食材をいれずに、そのメニューをつくってみました。
そしたら、確かに、調子にのることもなく、
ただ純粋に嬉しそうに、「お母さんありがとう!おいしいね!おかわり^^!」
と、幸せそうなオーラになってました。
正直、私はプライドが高く
親が子どもに合わせるとか、譲歩するとかは、
負けのような、子どもに舐められるような、
怖いイメージがありました。
でも、そのとき、
(あれ?本当だ。怖くないわ、、、。
調子にのるわけじゃないんだ、、、。)
と肩透かしをくらったような気持ちでした。
余談ですが、親プロでは、頻繁に、
「あなたが同じことされたらどう思う?」と、子どもの気持ちを想像してみることが多いです。
例えば、
「あなたが同じことされたら、どう思う?
大好きなショートケーキがあるよー!と言われて、喜んで飛んで行って。
さあ、食べよう♪と思ってフォークを刺したら、
ケーキの中に、大嫌いなシイタケが入れられていたら、、、?
あなたなら、どう感じる?」
といわれたとき、想像してみたら、
ゾゾゾーー!として、
作った人への不信感を感じるなと思いました。
異物混入みたいに間違って入っちゃった!のならいいけど、
「~させてやろう」という意図をすごく感じて、
私なら、ものすごく不快だなと思いました。
そんなふうに、いろんな場面で、ふと立ち止まって、
(自分がされたらどうかな?)と
本気で子どもの中に入ったように想像してみたり、
そもそもどうして、嫌いなその食材を食べささないと!!!と
私は思っているんだろう?
自分は何が不安なんだろう?
誰の目線を気にしてるんだろう?
もし、それを手放してみたら、どうなるんだろう?
と、実験的にやってみたりしました。
そんな風に、私が握りしめていた
私の「~させないと!」を、
長男への攻撃のきっかけを、
すこしずつ無くしていきました。
地雷②宿題
小学生になっていたので、宿題が原因で、毎日摩擦が起きていました。
うちの場合は、
「宿題は、6時までにする」というのを握っていました。
理由は、まず、私が早く安心スッキリしたい。というのがあったのと、
宿題がまだだと、「あーー間に合わんー!」とパニックになって、
最後は「学校にいけんー!」と言いだすのが嫌だったからです。
ちなみに、夕方に宿題をせずに、
夜や朝に、「どうしようー!間に合わんー!」とパニックになっても
私は手伝わないようにしていました。
正直、内心
(私のいうことをきかないからや!自業自得や!ちょっとは痛い目をみろ!)
という、いうこと聞かない子どもへの怒りもありました。
あと、
(一度手伝うと、毎日手伝わされるかも!ずっとあてにされるかも!一人でできない子になるかも!?)
と警戒している部分もありました。
なので、朝にぎゃー!となっても手伝いたくないし、
もし手伝うとしても、グチグチと文句をいいながら、イライラと手伝っていました。
それもあって、夜ご飯前に、
「宿題をしてしまいなさい!でないと夜ご飯食べれないよ!」
とバトルになっていました。
でも、先生が、
「宿題は、夜やろうが、朝やろうが、
宿題やらずに先生に怒られようが、本人にまかせましょう!」
といわれました。そして
「もし、間に合わんー!と困っていたら、
間に合うように、気持ちよく、ささっと手伝ってあげる。
余計な嫌味も、言わないようにしましょう!」
「子どもは本来、自分の課題を乗り越えようとする力があります。
でも、横から親がいろいろいってくると、そちらにパワーをとられるし、
いつのまにか、親がいうから、、、親に怒られるから、、、どうしたら親に怒られないか、、、など
母親の方を見るようになる。
自分の課題なのに、母親対策の行動になってしまう。
なので何も言わず、パワーを削がない。
もし助けてと言ってきた時は、さっと気持ちよく助けてあげる。
チームとして、そこにいる。
声掛けするとしても、
「大丈夫?」「何時だよ」など時報に徹する。
それでするしないは、子どもにまかす。」
私は、怖かったけど、いわれたようにやってみました。
そしたら、驚いたことに、自分で考えて宿題をやるタイミングを考えて
行動するようになりました。
この子は私がいわないとやらないんだ!と思っていたので、
自分で考えて動く力があるんだ!?と驚きました。
また、もし朝になって「間に合わんー!」と焦っている時は、
余計な一言や嫌味を言わずに、ささっと気持ちよくフォローして助けるようにしました。
そしたら、調子にのるかとずっと怖かったのですが、
それどころか、パニックが落ち着くと、ホッとした感じで、
「ありがとうーママ^^!」っと嬉しそうにいってくれ、
ああ、、、困った時に助けてあげるって、怖くないんだ。
堕落した子になるわけじゃないんだ、、、と実感しました。
今では、
びっくりするくらい、
自分で考えて、自分のペースで
宿題をやっていってます。
早めに全部終わらせたり、
逆に、最後までとっておいて、ギリギリに間に合わせたり。
失敗しても、学校でうまく切り抜けたり。
子どもでも、自分で考えて、物事に対処していく力があるんだなぁーと、
口を出さず見守ったことで、みえてくるものが沢山ありました。
地雷③メディア
あと、私が一番握っていたのはメディアです。
巷では「メディアは、一日30分まで。」と言われていたので
私も、30分以上みていたら、「あー大事な脳みそがー!」とすごく不安になっていました。
もし30分以上みていたら
「これ見たら消すっていったのに、うそつき!」といって、テレビをバンとたたいて、怒っていました。
約束を守らなかった長男への怒りをぶつけているとも言えますが、
でも、それも全部、子どもの脳のためだ!
これが愛情!しつけだ!と思っていました。
そんな子どもとのメディアをめぐるバトルを書いて、親プロにもっていくと、先生が
「メディアは何分などは、大きなことではない。
家庭によって、時間決めても、決めなくても、家庭によって好きにしたらいい。
ただ、親との約束を守らなかった時に、約束を破った!といって、バーンと攻撃する。
このバーンがよくない。
正直、約束したといっても、もしかして守れないかもな。。。って薄々思うものってあるでしょ?
そういう約束は最初からしない!
約束というのは、どんなに小さなものでも、やぶられたら腹がたつし、
約束をやぶった者には、罰を与えたくなる。
あと、そもそも親は「約束したでしょ。」というけれど、冷静に考えて、実際はただの命令だからね。
そういう、攻撃していいと思うような、きっかけや地雷を、無駄に撒き散らさない。
もう、”させるをやめる”。
あと、子どもがそこから出た時に、
つい子どものことを、バーン!と攻撃しちゃうなら、
バーン!と攻撃しない工夫は、大人がする。
「バーン!ってされたくなかったら、あんたがいうこと守ったらいいんや!」
と、子どもにいうのは工夫ではない。
たとえば、ゲームをやめる時間に、毎回バトルになるなら、
ゲームがタイマーで自動的に切れるようにするとか。
お父さんにゲーム管理してもらうとか。
時間制ではなく、ご飯まで、にしておくとか。
他にも例えば、夕食前に、お菓子が食べたいとバトルになるなら、
そもそも、家にお菓子があるのを見せない。
そもそも買っておいておかない。
1週間わたしといて、子どもに管理させる。
など、
家の決定権は、親がもっている。
だから、
大人の方が、いくらでもバーン!をしない工夫はできる。
まず、させようとしていることをやめる。
それがどうしてもできないものは、自分がバーンしない工夫をする。」
とおっしゃいました。
私の場合は、どうしてもテレビを沢山見ていたらイライラして、
それをきっかけに子どもを攻撃してしまう、
私がそれは手放せないと思ったので、テレビを家からなくしました。
その際、子どもへの当てつけにならないように、「あれーアンテナが壊れたー!?」とかいって
報復だと思われないようにしました。
バーンする原因そのものを、自分のためにもなくすというのも、
ある意味工夫かなと思います。
「習い事行け!行きたくない!」でいつもバトルをしている場合は、
習い事をやめる、ということもありとのことでした。
地雷④就寝時間
あと、寝る時間も、ものすごく握っていました。
私は、「9時から成長ホルモンが分泌される」というのを大事に思っていて、
8時に寝かせていました。
でも、9時になっても子どもが騒いで起きていると、焦って、
「早く寝なさいー!」と、すごくイライラして怒ってバーン!として
子どもが泣きながら寝る、、、をしていました。
でも牛田先生が、
「早い時間に、悲しい気持ちで泣きながら寝るよりも、
少々遅い時間になったって、あー幸せだな、愛されてるなと思いながら寝たほうが、
深くて質のいい睡眠になるし、脳みそにもいいですよ。
バーン!!と怒鳴ったりすると、脳がぎゅっと萎縮するから、そのほうがよっぽど脳によくないですよ。」
っていわれて、
そりゃそうだ。。。と思って、
9時に絶対寝かせなきゃ!!というハードルも下げました。
それよりも、今日1日、子供はどんな気持ちですごしたかなー?
今幸せだなー。と思うような、
そういう瞬間を増やしていきたいな。と意識しました。
<甘やかしではと、怖かったけど、、、>
こんなふうに、ちょっとづつ、ビビりながらも、
”言うこときかないとバシンするよ!”というきっかけになっていた
「させる」を実験的になくしていきました。
ざっと読むだけでは、簡単に、私がどんどん手放していったように思うかもしれませんが、
一つ一つが、最初はものすごく怖かったし、しんどかったです。
牛田先生も、ここが一番しんどい所だと言っていました。
最初は、
ハードルをさげたら、堕落した子になるんじゃないか?
自分が王様な感じの子になって、調子に乗るんじゃないか?
つみきくずしのように、だだーーっとダラけた子に、
もっともっと我慢できない子になりそうで、
とっても怖かったです。
でも、牛田先生が、「そんな子は一人もいない。」
っとおっしゃったように、
先生の言葉は本当だとわかりました。
最初は一瞬堕落したようにみえても、
本当にたくさんのさせるを手放して、
嫌味や余計な一言もなくして、
安心した生活をしてみたら、
子どもの心にゆとりができたのか、弾力がついてきて、雰囲気が変わっていきました。
そして、予定変更になっても、ちょっと嫌なことがあっても、
「いいよー」「わかったー^^!」といってくれるようになり、
気がついたら、小さなことにキレなくなってきて、優しく、
子どもの心に弾力や、ゆとりがあるなと感じるようになりました。
また、自分で考えて、自主的に動くようになりました。
(今では、親の私の何倍もしっかりしていて、頼もしい存在になっています。)
長くなるので省略しますが、ここまでが親プロの土台づくりの部分です。
このあと、ステップを踏んで、いろいろ学びました。
<長男の本音が見えてきたこと>
その中で、一つ私にとって印象的なエピソードがあります。
”させるをやめる”の後、傾聴をならった時期に、こんなことがありました。
ある日、長男が学校からしょぼしょぼと帰ってきて、
「ママ、、、やってしまった、、、友達に手を出してしまった、、。」と言ってきました。
いつもなら「どうしてそんなことしたん?!謝りにいこう!!」と言ったかもしれませんが、
(あ、傾聴ならったところだし!)と思ってやってみました。
傾聴って、ただただ聴く、責めない、アドバイスもせずに共感して寄り添うのですが、
習ったように「そーかそーか」とおうむ返しで共感しながら聞いていたら、
事情を話していた長男が、自分から、
「あー、、、でも、僕も悪かったかな、、、。」
「友達に謝りたいから、明日の朝、その子の登校班の集合場所に、ママも一緒に来てほしい。」
といってきました。
私は、すごくビックリしました。
この子は、手を出したらダメだと知ってたんだ?!とまずそこに驚きました。
あと、悪いことをしたら謝るってことを知ってたんだ?!とビックリしました。
どうしてかというと、それまで一度も!人に謝ったことがなかったからです。
親戚の男の人が、謝れ!と強くいっても、絶対に謝らない子でした。
なので、謝ることを、この子に教えてやらないと!と思っていたのが、
自分から「謝りたいから、、、」と言ってきたことが衝撃でした。
あと、一番驚いたことは、
その日、おふろ上がりの長男が、思いつめた顔をしてやってきて、
「ママ、ぼくはどうして、こんなことをしてしまうんだろう、、、。」
と言ってきたことです。
なんだか、それを聞いたら、
”自分でもやめたい。手を出したくない。って思ってたんだ。
でも、やめれなくて苦しんでるんだ。”
と思ったら、切なくなってきました。
その時、この子ってもしかして、いい子なのかもしれない、、、?!?
と、初めて思いました。
その後、どんどん傾聴していったら、
どんどん自分の本心いってくれるようになり、
今までいってくれなかった長男の不安や本音の気持ちが、
垣間見えるときが増えてきました。
そして、ちょっとづつ、「あ、もしかしてこの子、本当はいい子かもしれない、、。」と、
子どもへの見方が大きく変わっていき、
どんどんいいスパイラルになっていきました。
そうやって、
嫌な気持ちになるキッカケを減らして、
嬉しい楽しい時間を増やして、
味方だよって気持ちに寄り添うやりとりを、
半年かけて、本気で、何度も諦めずにしていきました。
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